最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)670号 判決 1982年12月02日
上告人
高田明
右訴訟代理人
山枡博
被上告人
石川玉枝
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山枡博の上告理由第一について
原審が適法に確定したところによれば、(1) 訴外表稔は昭和三九年五月から同四一年七月にかけてその使用者である上告人の金員を横領したところ、同年八月頃右事実の一部が上告人に発覚した、(2) 上告人は、同年九月二〇日訴外表の妻の父にあたる訴外池田久仁雄に対し、右横領があつたが被害総額が不明である旨を告げ、訴外表を告訴する意向であることを表明したところ、訴外池田が右告訴を待つて欲しい旨頼んだので、同訴外人に対し、同訴外人が訴外表の行為による損害賠償につき身元保証契約を締結するのであれば告訴しない旨述べた、(3) 訴外池田は、これに応じて、その場で、上告人との間に、訴外表が故意又は過失により使用者たる上告人に被らせた損害について訴外池田が賠償する旨の身元保証契約と題する契約(以下「本件契約」という。)を締結した、というのである。
右事実関係のもとにおいては、本件契約は身元保証に関する法律五条にいう身元保証にあたるものと解するのが相当であるから、裁判所は同条により訴外池田の本件契約に基づく損害賠償の額を定めることができるものというべきである。したがつて、これと同旨の見解のもとに、右損害賠償の額を定めた原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同第二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 和田誠一)
上告代理人山枡博の上告理由
第一、原判決には「身元保証ニ関スル法律」第五条の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明かである。
一、原判決は、理由五において、「そこで身元保証人である池田の責任限度について考えるに、前記二において認定したとおり、本件身元保証契約が表の雇用から一〇年以上も経過した後になつて、しかも表による横領の事実が控訴人に判明してから締結されたものであること、池田が表との身分関係上、表の横領について告訴してもらいたくないとの切羽詰つた気持から、やむなく画一的な契約書用紙に記載された文書をそのまま承諾する形で署名したものであること、一方、池田が右契約当時その額はともかくとして、表が横領した事実を告げられていたことなどのほか……控訴人がその経理を表に任せきりにしていて適切な監督を怠つたことが認められ、このことが本件横領事故発生の一つの原因であり、かつ、その損害を拡大させた重大な事由であると推認されること及び表が結局捜査官から横領の事実について取調べを受けるに至つたことが認められること、その他表が控訴人の損害元本の大部分を弁償したことなどの諸事情を綜合勘案すると、後記控訴人が期限の利益を放棄した時点における控訴人の遅延損害金を含めた未払損害金のうち二〇万円をもつて池田の責任限度とするのが相当である。」と説示している。
二、原判決は上告人と右表との間の身元保証契約の成立について、理由二の(二)の3の項に次のとおり説示している。
「ところで、表は後記認定のとおり控訴人の金員を横領していたところ、同年八月頃控訴人に発見されて追及され、横領の事実を認めた。控訴人は、表の横領金額についての調査を進める一方、同年九月二〇日従業員妻藤友之を迎えに行かせ、身元保証人ということになつている池田を控訴人方に呼んで、横領総額は不明であるが表が横領した旨を告げるとともに前記身元保証契約書を示したところ、同人が右書面は自分が作成したものではないと言い、表も右書面は池田に無断で作成した旨を認めたので、改めて同人に身元保証契約書を作成してもらうこととした。その際、控訴人は、表を告訴する意向を示したが、池田が『表には家内も子供もあるので告訴するのは待つて欲しい。』と頼むので、同人が改めて身元保証契約を締結してくれるのであれば告訴しない旨を話し、池田はこれに応じてその場で偽造された前記契約書と同内容の身元保証契約書用紙に署名したうえ、表が先に購入した前記印章を押捺して身元保証契約書(乙第一号証)を作成し、外に池田の控訴人に対する債権額が一四〇万円であることを確認する旨の書面も作成してこれらを控訴人に提出した。」
三、右のとおり上告人と池田との間の身元保証契約は、上告人に雇われていた表が横領の事実を認めており、上告人が表を告訴する意向を示したため、池田が表の横領による損害の賠償について責任を負う趣旨で締結されたもので、契約を締結した昭和四一年九月二〇日当時、表の横領行為が終つていて既に損害が発生しており、その金額は調査中ではつきりしていなかつたが、三〇〇万円を超えることが判明していたのであつて、表が損害賠償責任を負うについて、形式は身元保証契約としたが、その契約の趣旨は、契約当時既に発生していた表の横領により上告人が蒙つた損害について、池田がその金額の賠償の責任を負い、上告人に迷惑をかけないようにするということであつて、それによつて上告人が告訴をしないこととしたのである。
四、原判決は、「身元保証ニ関スル法律」第五条により、右池田の損害賠償の責任限度を二〇万円とするのが相当であるとしているが、同条に身元保証人の損害賠償の責任限度を定めることとしているのは、身元保証契約締結後被用者の行為によつて使用者に損害を与えた場合、同条に定める事情を斟酌して裁判所にその責任の限度を決定させることとしたのであつて、本件のように契約締結の時に既に損害が発生して、客観的には損害額も確定している場合には、身元保証契約の形式によるとはいえ、右のような契約当時の経緯から、身元保証人は被用者の過去の不法行為によつて使用者に与えた損害の存在を認識し、その金額を賠償する意思をもつて契約を結んだものであり、また同条に挙げている、被用者の監督に関する使用者の過失、身元保証人が身元保証をするに至つた事由及びこれをなすに当つて用いた注意の程度、被用者の任務又は身上の変化等の事情は、いずれも身元保証契約を締結した後に、被用者の行為によつて損害が発生した場合を想定して、裁判所の斟酌事項として定めていることが明らかであるから、本件の場合原審が同条に定める事項を挙げて、表の不法行為によつて上告人が受けた損害についての池田の賠償額の限度を定めたのは、右法律第五条の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明かであるから、原判決は破棄されなければならない。
第二、原判決には事実認定に関する証拠の採用につき、法令の解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことが明かである。
一、原判決は理由第三項において上告人が主張する訴外表稔の横領に関する主張について判断しているが、次の諸点につき証拠の採用を誤つて事実を認定している。
1 判決書未尾の横領金額一覧表の(六)の自動車販売代金横領分について検討するに、同一覧表は上告人、被上告人の双方から提出した準備書面にもとづいて、上告人の主張と被上告人のそれに対する答弁及び主張を記載したものであるが、同表記載の自動車販売代金はいずれも訴外表稔が作成した自動車売買契約書に記載された金額の一部であり、表が女事務員一名を補助者として、上告人の自動車修理販売業にかかる会計を含めた事務全般を統括していたこと、原則として金銭は表が取扱い同人の指示に基づいて女事務員が現金出納簿に記帳する扱いであり、手形元帳は表が記帳していたことは、原判決が理由三の(一)の項に説示しているとおりである。
2 そうすれば、右一覧表(六)記載の金額はすべて右表が上告人のために、買主より自動車販売代金として受領し保管した金額であるから、その承継人である被上告人が横領の事実を否認する場合は、その金額を何らかの形で上告人に交付したことを立証しなければならず、被上告人がその立証を尽さない場合は、表が横領したか、すくなくとも同人が弁償の義務を負うこととなる。
3 原判決は理由三の(二)の7、11、13、17、19、22、25等において、いずれも、上告人の主張する表の横領の事実を認めるに足りる証拠がないとして、被上告人の立証を俟たずして上告人の主張を斥けている。
4 上告人が表の横領を主張しているのであるから、その立証責任は上告人にあることとなるが、右のように、上告人が、訴外表が上告人のため自動車販売代金を買主から受領して保管したことを立証すれば、横領を否認する被上告人は、右保管金を表が何らかの形で上告人に交付したことを立証する必要が生じ、その立証をしないか、立証ができない場合は、上告人の主張が認められることとならなければならないのに、原判決はその点に関する採証の法則についての解釈適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、破棄されなければならない。
5 原判決には、判決の横領金額一覧表(六)以外にも右と同様の違法がある。